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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)309号 判決 1979年4月24日

原告 黒川芳正

被告 東京拘置所長

代理人 宮北登 春田一郎 宮門繁之 川満敏一 ほか二名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五二年七月二〇日原告に対してした朝日新聞縮刷版六七一号の閲読不許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者の主張 <略>

第三証拠関係 <略>

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分の違憲、違法性の有無について判断する。

1  在監者の図書閲読について、監獄法第三一条第一項は、「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」と定め、第二項は、「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、これを受けて監獄法施行規則第八六条第一項は、「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と定めている。

ところで、在監者の図書閲読の自由は、憲法第一九条の保障する思想及び良心の自由、同法第二一条の保障する表現の自由並びに同法第二三条の保障する学問の自由に含まれるものと解すべきであるから、最大限の尊重を必要とするものである。他方、未決拘禁は、逃走または罪証隠滅の防止を目的として、被疑者または被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁者を収容し、これを集団として管理するにあたり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、右の目的に照らし、必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえないところである。そして、右の制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量のうえに立つて決せられるべきものというべきである(最高裁判所昭和四五年九月一六日大法廷判決、民集第二四巻第一〇号一四一〇頁)。

したがつて、在監者である刑事被告人の図書閲読については、その図書の内容、在監者の性格、精神状態、日常の行状、監獄の収容状況、戒護能力などの諸般の具体的事情を考慮したうえ、その閲読を許すことが拘禁の目的を害し、又は監獄内の紀律を害する相当程度の蓋然性があると認められる場合には、当該図書の閲読を制限しても、その制限の態様が合理的である限り、それは必要かつ合理的な制限として憲法上も許されるものと解するのが妥当である。そして、その制限の方法として、図書の一部分について閲読を許すことが不相当と判断される場合に、直ちに当該図書全体の閲読を不許可とすることなく、その部分の抹消ないし切取りについての同意を条件に当該図書の閲読を許可するが、在監者が右抹消ないし切取りに同意しないときは当該図書全体の閲読を許さないとすることは、在監者の図書閲読の自由に対する最少限度の制限として合理的なものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、原告がいわゆる連続企業爆破事件により爆発物取締罰則違反等の罪名で起訴され東京拘置所に勾留中の刑事被告人であることは当事者間に争いがなく、<証拠略>を合わせると、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)  本件箇所は、東京拘置所の独居房内で自殺した死刑囚の記事のうち、その特異な自殺の手段、方法等を具体的に記述した部分であること

(二)  いわゆる連続企業爆破事件の共犯者八名のうち一名は逮捕時に服毒自殺し、他にもカプセル入りの青酸カリを所持する者がいたが、その中には服毒自殺をはかつて右カプセルを口に含もうとしたところを警察官に制止された者がいたこと

(三)  原告は東京拘置所に収容された後、器物毀損、職員に対する暴行等を繰り返し、また、身体が衰弱して医療処置を必要とするに至るまで拒食を行なつたことがあること

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告に対し本件箇所の閲読を許すことが原告の身柄の確保を阻害し拘禁目的を害する蓋然性があるかどうかの判断は、前述のとおり、本件箇所の内容、在監者である原告の性格、精神状態、日常の行状、監獄の収容状況、戒護能力などの諸般の具体的事情を基礎として拘置所内の諸事情に通暁し、かつ、専門的、技術的知識を有する被告の裁量によつて決定されるのが相当であるところ、右認定の事情の下においては、本件箇所の閲読を原告に許すことは、原告がそこに記述してある方法を直接用い、或いはそれにヒントを得てこれと類似した方法を用いて自殺等をなし、もつて原告の身柄の確保を阻害するに至る相当程度の蓋然性があり得るものというべきであるから、被告が原告に対する本件箇所の閲読の許否を決定するにあたり、本件箇所は未決拘禁者の身柄の確保を阻害するおそれのないものには該当しないと判断したことには裁量権の濫用がありとすることはできないし、その制限の方法として、本件箇所の抹消についての同意を条件に本件図書の閲読を許可したが、右抹消について原告の同意が得られなかつたため本件図書全体の閲読を不許可としたことは前記1で述べたとおり合理的なものであつて、憲法第二一条及び第二三条に違反すると解されないのみならず、裁量権の逸脱ないし濫用があつたと認めることもできない。

3  原告は、弁護人となろうとする者から差し入れられた図書の閲読を不許可とすることは刑事被告人としての防禦権行使に重大な不利益をもたらすから憲法第三二条及び第三七条に違反すると主張するが、弁護人ないし弁護人となろうとする者から差し入れられた図書の閲読が許されなかつたからといつて直ちに憲法の右各条項に違反するとは考えられないのみならず、本件箇所の内容は前記2記載のとおりであるからその閲読を許さないとしても原告の刑事被告人としての防禦権には何ら影響を及ぼすものではない。また、本件処分により本件図書全体の閲読が不可能になつたとしても、それは、本件箇所の抹消についての原告の不同意に起因するやむを得ない措置というべきであるから、これをもつて原告の刑事被告人としての権利を侵害するものということはできない。

4  最後に、原告は、本件処分は憲法第二九条に違反する旨主張するけれども、被告としては、原告に対する図書閲読の自由の制限を最少限度にするため本件箇所の抹消についての同意を条件として閲読を許可したものであること前判示のとおりであつて、本件箇所の抹消それ自体を強制する趣旨ではなかつたのであるから、原告の主張はその前提を欠き理由がない。

5  以上のとおりであるから、本件処分には違憲、違法な点はないというべきである。

三  よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三 管原晴郎 北澤晶)

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